横浜地方裁判所 平成元年(ワ)1503号 判決 1989年10月26日
原告
大井菊太郎
ほか三名
被告
渡辺広光
ほか一名
主文
被告らは、原告大井菊太郎に対し、各自三六九万三九二〇円及びうち三三六万三九二〇円に対する昭和六三年八月九日から、うち三三万円に対する平成元年六月二二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被告らは、その余の原告らそれぞれに対し、各自一二三万一三〇六円及びうち一一二万一三〇六円に対する昭和六三年八月九日から、うち一一万円に対する平成元年六月二二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
この判決は、第一、二につき、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告大井菊太郎(以下「原告菊太郎」という。)に対し、各自一〇二二万八八四九円及びうち八六五万九六四五円に対する昭和六三年八月九日から、うち一五六万九二〇四円に対する平成元年六月二二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、その余の原告らそれぞれに対し、各自三四〇万九六一六円及びうち二八八万六五四八円に対する昭和六三年八月九日から、うち五二万三〇六八円に対する平成元年六月二二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和六三年八月九日午前二時五分ころ
(二) 場所 神奈川県藤沢市鵠沼海岸六丁目一三番一三号先路上(以下「本件事故現場」という。)
(三) 加害車 普通乗用自動車(相模五三さ五六五五)
(四) 右運転者 被告渡辺広光(以下「被告渡辺」という。)
(五) 被害者 大井和子(以下「亡和子」という。)
(六) 事故の態様 加害車が、本件事故現場道路を横断中の亡和子に衝突し、胸部打撲による内臓破裂により、同日午前二時三八分死亡させた(以下「本件事故」という。)。
2 責任原因
(一)(1) 被告渡辺は、加害車を運転し、指定最高速度が四〇キロメートルであるのに時速五〇ないし六〇キロメートルで進行し、わき見運転をしていたため、本件事故現場道路を横断中の亡和子の発見が遅れ、本件事故を発生させた。したがつて、民法七〇九条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。
(2) 被告渡辺は、加害車を自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。
(二) 被告遠藤将良(以下「被告遠藤」という。)は、加害車を保有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。
3 損害
亡和子及び原告らは、以下のとおりの損害を被つた。
(一) 逸失利益 一二〇七万八七五五円
亡和子は、本件事故当時満六九歳の主婦であり、その平均余命は一六・三五年であり、就労可能年数は八・一七年であり、これに対応する新ホフマン係数は、六・七〇五八である。収入額については、女子労働者の賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計の年齢別平均給与である二五七万三二〇〇円とするのが相当である。生活費控除率を三〇パーセントとして、亡和子の逸失利益の現価は、次の計算式のとおり右金額となる。
二五七万三二〇〇円×(一-〇・三)×六・七〇五八=一二〇七万八七五五円
(二) 慰藉料 一七〇〇万円
亡和子は、本件事故により死亡したが、亡和子の死亡による精神的苦痛を慰藉するためには、右金額が相当である。
(三) 相続
亡和子は、右損害賠償請求権を有するところ、原告菊太郎は原告の夫であり、その余の原告らはいずれも亡和子の子であり、亡和子から右損害賠償請求権を原告菊太郎は二分の一、その余の原告らは各六分の一を相続した。
(四) 医療関係費 三万〇八〇〇円
原告らは、医療関係費として右金額を支出し、これを原告菊太郎が二分の一、その余の原告らが各六分の一の割合で負担した。
(五) 葬儀費 二二七万四五三四円
原告らは、葬儀費用として右金額を支出し、これを原告菊太郎が二分の一、その余の原告らが各六分の一の割合で負担した。
(六) 損害のてん補 一四〇六万四八〇〇円
原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から右金額の支払を受け、これを原告菊太郎が二分の一、その余の原告らが各六分の一の割合で損害にてん補した。
(七) 弁護士費用 三一三万八四〇八円
原告らは、被告らに右損害の賠償請求をするため、原告訴訟代理人らに対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したが、原告が被告らに請求することができる弁護士費用としては右金額が相当であり、原告らは、これを原告菊太郎が二分の一、その余の原告らが各六分の一の割合で負担した。
合計 原告菊太郎 一〇二二万八八四九円
その余の原告ら 各三四〇万九六一六円
よつて、原告菊太郎は、被告らに対し、損害賠償として各自一〇二二万八八四九円及びうち弁護士費用を除く八六五万九六四五円に対する本件事故の日である昭和六三年八月九日から、弁護士費用一五六万九二〇四円に対する本件事故の日の後である平成元年六月二二日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、その余の原告らそれぞれは、被告らに対し、同じく各自三四〇万九六一六円及びうち弁護士費用を除く二八八万六五四八円に対する本件事故の日である昭和六三年八月九日から、弁護士費用五二万三〇六八円に対する本件事故の日の後である平成元年六月二二日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(事故の発生)の事実は認める。
2 同2(責任原因)の事実中、被告渡辺に不法行為責任及び運行供用者責任があることは認め、過失の内容は争う。被告遠藤の運行供用者責任があることは認める。
3 同3(損害)の事実中、相続関係、損害のてん補は認め、その余は知らない。
三 抗弁
過失相殺
本件事故は、加害車が変則交差点を直進しようとして発生した。一般的に夜間は、歩行者からは、前照灯を点灯した車両が進行してくるのは容易に発見できるのに対し、車両の方からは歩行者を発見するのは必ずしも容易ではない。
本件事故発生時刻は午前二時五分であり、人が通行するのはきわめて稀有な時間である。したがつて、このような時間に道路を横断する歩行者は、昼間の場合と比較し、その横断が安全確実にできるのかをよく確認することが要請される。
本件では、加害車だけでなく三台の車両が進行してきたのであるから、このことは亡和子にも容易に認識できたはずであるのに、その前方を横断しようとしたのは、被告渡辺の過失が大きな原因であることは争えないものの、亡和子にも相当程度の過失があるものといわざるを得ない。
亡和子は、うつ病にかかり、瓦を割るという行為をした後、横断を開始したものであり、衝突直前には、加害車の前に佇んでいたものであり、本件事故においても若干の対応の遅さがあつたものと思われる。
四 抗弁に対する認否
被告の過失相殺の主張は争う。
本件事故は、単なるT字路であり、それぞれのT字路は一〇メートル程度離れており、変則交差点といえるものではない。また、本件事故現場は、加害車の進行方向からみれば、直線で見通しも良い。
午前二時といえば、人の通行は稀であるが、車両の通行も稀であるから、これを亡和子に不利に解釈すべきではない。
被告らは、亡和子の対応の遅さを指摘するが、亡和子が事故直前、加害車の前に佇んだこと自体明らかではなく、そもそも、そのような場合被害者が佇んだとしても、そのような場におかれた者として驚いて立ち止まるのは当然のことであり、それを以て対応の遅さとするのは明らかに誤りである。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)は当事者間に争いがない。
二 同2(責任原因)の事実中、被告らに運行供用者責任があることは当事者間に争いがない。そうすると、被告らは、本件事故について、原告らの後記損害を賠償する責任を負うものというべきである。
三 同3(損害)について判断する。
亡和子及び原告らは、以下のとおりの損害を被つた。
1 逸失利益 八九六万円
成立に争いのない甲一〇号証、乙七、八号証及び原告大井保明本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、亡和子は、大正八年二月一八日生まれの死亡当時満六九歳であり、夫である原告菊太郎と同居して主婦として生活していたものであること、亡和子は、昭和六二年一月ころから若干精神的に変調を来たし、そううつ病様の症状が出てきたため、精神病院に通院し、服薬するなどし、症状が改善してきていたが、本件事故の際も、深夜に他人の住居の至近距離で自宅の改築の際不必要となり、保管していた瓦等を粉々に打ち砕くという奇矯な行動をとつた後、道路を横断中に本件事故に遭つたものであることが認められ、原告大井保明本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
そうすると、亡和子は、本件事故に遭わなければ、あと八年間は、主婦として稼働することができるが、その労働能力に若干の疑問があり、右を金銭的に評価するにつき、昭和六二年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・年齢計の女子労働者の平均賃金額である二四七万七三〇〇円の八割を下回らない金額であるということができるから、これを基礎とし、生活費控除を三割とし、年五分の割合による中間利息の控除をライプニッツ方式で行い、次の計算式のとおり亡和子の逸失利益を算出すると右金額となる。
(計算式)
二四七万七三〇〇円×(一-〇・二)×(一-〇・三)×六・四六三二=八九六万円(一万円未満切捨て)
2 慰藉料 一六〇〇万円
本件訴訟に顕れた諸般の事情に鑑みれば、亡和子の死亡による同人の精神的苦痛を慰藉するための慰藉料は右金額とするのが相当である。
3 相続
亡和子は、右損害賠償請求権を有するところ、原告菊太郎は原告の夫であり、その余の原告らはいずれも亡和子の子であることは当事者間に争いがなく、右によれば、亡和子から、右損害賠償請求権を、原告菊太郎は二分の一、その余の原告らは各六分の一を相続したものである。
小計 原告菊太郎 一二四八万円
その余の原告ら 各四一六万円
4 医療関係費 原告菊太郎 一万五四〇〇円
その余の原告ら 各五一三三円
成立に争いのない甲五、六号証及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、医療関係費として三万〇八〇〇円を支出し、これを原告菊太郎が二分の一、その余の原告らが各六分の一の割合(円未満切捨て)で負担したことが認められる。
5 葬儀費等 原告菊太郎 五〇万円
その余の原告ら 一六万六六六六円
原告大木保明本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲七号証の一から四八まで及び同原告本人尋問の結果によれば、原告らは、亡和子の葬儀費その他の費用として相当額を支出したことが認められるが、被告らに請求しうる金額は、そのうち右金額が相当である。
小計 原告菊太郎 一二九九万五四〇〇円
その余の原告ら 各四三三万一七九九円
6 過失相殺
成立に争いのない乙四号証から六号証まで、一〇、一一号証、原告大井保明本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲二号証、撮影対象については当事者間に争いがなく、撮影者、撮影年月日については、原告大井保明本人尋問の結果により原告主張のとおりであると認められる甲一四号証の一から三まで及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
本件事故現場は、国道一三四号線方面(南方)から藤沢橋(北方)方面に通じる車道幅員約九メートルの藤沢市道(以下「甲道路」という。)と、鵠沼商店街(東方)方面から八部球場(西方)方面に通じる幅員約三・九五メートル(鵠沼商店街側)、二・七メートル(八部球場側)の藤沢市道(以下「乙道路」という。)が交差する変形交差点である。甲道路は片側一車線(両側二車線)で歩車道の区別があり、乙道路には歩車道の区別はない。本件交差点は、交通整理の行われておらず、信号機及び横断歩道は設置されていない。路面は、甲道路、乙道路とも平坦でアスフアルト舗装されており、本件事故発生時は、路面は乾燥しており、夜間ではあつたが、オーバーハング式の道路照明が設置されており、本件事故現場交差点は明るかつた。甲道路は、直線で見通しはよく、指定最高速度は毎時四〇キロメートルに規制されている(詳細は、別紙図面参照)。
被告渡辺は、右甲道路を加害車を運転して、国道一三四号線方面から藤沢橋方面に毎時五〇キロメートルの速度で本件交差点に差しかかつたが、本件事故現場付近で自車付近を走行している自動二輪車に気を取られ本件事故現場一五・九メートルのところに来たとき、はじあて道路を横断中の亡和子を発見し、急制動等の措置をとつたが間に合わず、加害車を亡和子に衝突して死亡させるに至らせたものである。
亡和子は、甲道路を鵠沼商店街方面から八部球場方面に横断しようとして、横断を開始したのであるが、その際、左方の安全確認が不十分のまま横断したため、前記のように、加害車に衝突されたものである。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
被告渡辺と亡和子の過失を対比すると、亡和子は、深夜道路を横断するに当たり、左方の安全確認が不十分であつた過失があり、一方、被告渡辺は、前方不注視の過失があり、両名の過失を比較すると、亡和子が高齢であること、本件事故現場の状況その他本件訴訟に顕れた諸般の事情をも考えあわせると、亡和子が二、被告渡辺が八とするのが相当である。
右のように、亡和子には、本件事故の発生につき二割の過失があるから、原告らの前記損害から、右割合で減額することとする。
小計 原告菊太郎 一〇三九万六三二〇円
その余の原告ら 各三四六万五四三九円
7 損害のてん補 原告菊太郎 七〇三万二四〇〇円
その余の原告ら 各二三四万四一三三円
原告らは、自賠責保険から一四〇六万四八〇〇円の支払を受け、原告菊太郎二分の一、その余の原告ら各六分の一の割合で損害にてん補したことは当事者間に争いがないので、右各金額を原告らの損害から控除することとする。
小計 原告菊太郎 三三六万三九二〇円
その余の原告ら 各一一二万一三〇六円
8 弁護士費用 原告菊太郎 三三万円
その余の原告ら 各一一万円
原告大井保明本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告らが任意に右損害の支払をしないので、その賠償請求をするため、原告ら代理人らに対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことが認められ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用として被告らに損害賠償を求めうる額は、右金額が、相当である。
合計 原告菊太郎 三六九万三九二〇円
その余の原告ら 各一二三万一三〇六円
四 以上のとおり、原告菊太郎の本訴請求は、被告らに対し、損害賠償として各自三六九万三九二〇円及びうち弁護士費用を除く三三六万三九二〇円に対する本件事故の日である昭和六三年八月九日から、弁護士費用三三万円に対する本件事故の日の後である平成元年六月二二日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、その余の原告らそれぞれの本訴請求は、同じく各自一二三万一三〇六円及びうち弁護士費用を除く一一二万一三〇六円に対する本件事故の日である昭和六三年八月九日から、弁護士費用一一万円に対する本件事故の日の後である平成元年六月二二日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟方八九条、九二条、九三条、仮執行宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮川博史)
交通事故現場見取図
<省略>